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フリーFAST-αの進化は、0.05mmのシャフト径や摩擦の制御といった、
目に見えない条件を一つずつ詰めるところから始まりました。
レバー操作をより少ない力で可能にするために積み重ねた設計の裏側を紹介します。
話を聞いたのは…
技術開発部
小松 北斗 Hokuto Komatsu
前職では新卒からメカ設計エンジニアとして製品開発に従事。部品や製品の一部ではなく、「最終製品としてユーザーの手に届くものを作りたい」と考えシナノへ。
「高い精度と安定した品質が求められる環境で、設計の基礎と応用を積み重ねてきました。
現在も、技術を価値に変えるものづくりを探求しています」
SINANOのフラッグシップモデルとして位置づけられる「フリーFASTα」は、どのような課題意識から生まれ、どのような工夫を重ねて完成度を高めてきたのか。
開発の出発点にあったのは、「レバー操作をもっと軽く、確実にできないか」という問いだった。
レバーを締めるには、ある程度の力が必要になる。難なく操作できる人と、そうでない人が分かれてしまう――その状況が、課題として意識されていた。
グローブをしたままでも確実に操作できること。力の弱い人でも同じ結果が得られること。
その前提に立ったとき、従来のロック機構には明確な限界があった。
「フリーFAST-α」の原型モデル「フリーFAST」が登場する以前、主流だったのは上下のポールを回して締めるスクリュー式のロック機構だった。しかしシャフトが細いスキーポールでは、十分なトルクをかけることが難しい。
グローブを外さなければ回せない。
回しても締め切れず、滑ってしまう。
ギュッと締める動作自体が負担になる…。
そこで採用されたのが、レバー式のロック機構だった。自転車のカムロックのように、同じ動作で確実に締められる。レバー化は、操作を簡単にするための必然的な選択だった。
レバー式の採用によって、グローブをしたままでも素早く簡単にサイズ調節ができるようになり、操作方法そのものは大きく前進した。
一方で、レバーを締める操作は決して軽いとは言えず、構造自体を見直していく余地が残されていた。
レバー構造を前提に改良を進める中で、操作性とは別の観点からも、見直すべきポイントが見えてきた。
小松は当時を振り返る。
「改良を目指した大きな理由は、さらなる操作性の向上でしたが、同時に課題として上がってきたのがレバーパーツの大きさと取り付け方法でした。もともとは上段シャフトに接着して固定していましたが、構造として扱いづらく、見直す必要があったんです」
旧モデル「フリーFAST」では、レバーパーツは現在よりも大きく、上段シャフトと接着によって固定されていた。
接着に頼る構造は、組み立て工程での生産性や仕上がりの安定性という面でも制約があった。そこで「フリーFAST-α」では、接着を使わないはめ込み構造へ転換。それに合わせて、レバーパーツの形状やサイズも見直されていった。
高さを約半分まで抑え、構造を整理することで、外観の印象もすっきりとしたものに変わった。
同時に、構造としての再現性や安定性も高まり、「フリーFAST-α」の基本となる設計がここで固まっていった。
ただし、合理化と操作性の改善は、簡単には両立しなかった。 試作段階で行った評価では、想定とは異なる結果が出る。
小松はそのときの印象を、こう振り返る。
「このままでは世に出せないと思いました。変えたはずなのに、締まらない。軽く締められるはずなんですけど、ポール固定の保持力が出ない。評価してみると、何かおかしいなと」
レバーの操作感を見直しても、状況は大きく変わらなかった。
「スルスルにしても、まだレバーは硬い」
問題はロック機構そのものではなく、さらに下のレイヤー、シャフト側にあることが徐々に見えてきた。
ブレイクスルーとなったのが、下段シャフトの設計だった。
従来の「フリーFAST」のシャフト径はφ12。これをφ12.15へ、わずか0.15㎜太くした。 0.2㎜太くすると上段シャフトの内径と干渉する。そのため0.15㎜。この0.05㎜にこだわった。
同時に、精度を厳しく管理し、ばらつきを極力抑えた。
「下段シャフトを太くすることで、レバー操作で“効く範囲”が広がるんです。そうすると、軽い力でも同じ耐荷重が出せるようになる」
シャフトをわずかに太くするだけでも、レバー操作によって生まれる有効な変形量が増える。 その結果、同じ操作でも締め付けに使われる力が大きくなり、少ない力で固定力を出せるようになる。 ただし、シャフトを太くすればいいわけではなかった。小松が特に気にしていたのは、塗装や印刷が施された状態でも、問題なくスライドするかどうかだった。
「シャフトが太くなりすぎると、印刷や塗装が乗ったときにロック部の中で動かなくなってしまう。細すぎれば、保持力が足りなくなる。塗装込みでもちゃんと動く、そのギリギリを狙っています」
フリーFAST-αでは、印刷・塗装が施された状態でもスムーズに動作する限界を見極め、数値として設計に落とし込んだ。
0.05mmという数字は、固定力、操作感、量産時の再現性—すべてを成立させるための解だった。
もう一つの鍵となったのが、摩擦の制御だった。
「フリーFAST-α」では、操作部となるレバーは単なるナイロンではなく、あるものを配合した特殊なナイロン素材を採用している。摩擦を減らし、滑りを良くすることで、締め付け動作そのものを軽くするためだ。
この点について、小松は次のように説明する。
「摩擦も、結構効いてくるんですよね。ただ締めるだけじゃなくて、どこで力が食われているかを見ないと、操作感は軽くはならない」
レバーを倒したときに生まれる力は、すべてがポール固定の締め付けに使われるわけではない。
一部は摩擦として失われる。だからこそ、パーツ部分で起こる無駄な摩擦を減らすことが重要だった。
「普通のナイロンだと、どうしても引っかかる。そこを特殊な素材を用いて摩擦を減らすことで、軽い力でもちゃんと締まる状態が作れるんです」
摩擦を減らすことは、単に操作を軽くするためだけではない。締め付けがスムーズになることで、余計な力をかけずに済み、結果として固定したポールが沈まない。
その状態を安定して作るための素材選定だった。
「軽くしたいけど、弱くはしたくない。そのバランスを取るために、素材まで含めて考えています」
滑らかな操作感と強い固定力。素材選定は、相反する要素を両立させるために重要な要素だった。
ロック構造において、フリーFAST-αは従来モデルとは異なるアプローチを取っている。旧モデル「フリーFAST」では、ロック内部に反発力のあるステンレス板を組み込み、樹脂パーツの変形や劣化を抑える構造を採用していた。ポール長の固定力を安定させ、繰り返し使っても性能が落ちにくいようにするための工夫だった。
一方で「フリーFAST-α」では、レバーロックの保持力そのものをどこで受け止めるかを、あらためて見直している。
「下段シャフトをプラスチックで締め付けるのには限界があるんです」
そこで採用されたのが、上段の高力アルミシャフト本体に特殊なスリット加工を施し、アルミ製のロックパーツでアルミシャフト自体を狙って変形させる構造だった。
「アルミをちゃんと変形させないと、狙った固定力は出ないんです。あと、レバーを緩めたときにロックが解除されて戻らないと意味がないので」
レバー操作によってアルミシャフトがわずかに変形し、下段のカーボンシャフトを直接、確実に固定する。この構造により、ポール固定保持力の安定性が高まり、繰り返し使用した際の耐久性も向上した。
フリーFAST-αは、最初からトップ選手のために設計されたモデルではない。
開発の起点にあったのは「レバー操作をもっと軽く、確実にできないか」という、具体的な課題だった。
その問いに向き合い開発と改良を重ねた結果、選手にとっても一般のスキーヤーにとっても、安心して使える一本へと仕上がっていった。
かつては、伸縮式のストックを大会で使わない選手もいた。
しかし今では、ロックの保持力を自分で調節でき、少ない力で確実に固定できる道具として、競技の場でも自然に受け入れられている。
その背景にあるのは、派手な機能追加ではない。
レバー操作性、シャフト径、摩擦、素材、耐久性——
一見すると目に見えない条件を、一つずつ積み重ねていく設計の積層だ。
そうした再設計は、結果として「誰でも同じように使える」操作感を成立させ、同時に競技の要求にも応えうる完成度を生み出した。
フリーFAST-αは、目立たない条件を積み上げることで、スキーポールのフラッグシップモデルとなる条件を、静かに、確かに満たした一本である。
シナノの『開発ストーリー』をご覧いただきまして、ありがとうございます。
これからのストーリーを充実させたく、ぜひ皆さまのお声をお聞かせください。