製品開発ストーリー「トレランポール」山を走る人たちに伴走する、開発の記録。|シナノ 技術開発部

2009

初代トレランポールを市場へ。

日本で「トレイルランニング」というスポーツの存在感が強くなり始めていた2009年。
SINANOとして「トレランポール」を初めて市場へ送り出したのがこの頃だ。

2009年 トレランポール12
2009年 トレランポール 初代モデル

当時発表された初代モデルは、シャフトに直径12mmのアルミ合金を使用し、重量は110cmが約185g、120cmが約195g。4つ折り仕様で収納時の長さは約31cm。
グリップ上部のロープを引き上げることで、素早く組み立てと収納ができる「ワンタッチ・リリース・システム」を採用していた。

その発想の背景には、日本より一歩先に長距離トレイルレースが広がっていた海外のフィールドがあった。ウルトラトレイル・デュ・モンブラン(UTMB)など、海外の長距離トレイルレースでランナーが使用していた軽量ポールを参考に開発されたのだ。

製品に求められたのはバランスを取ること。リズムをつくること。
そして、必要のない場面では小さく収納できること。

世界では日本人選手が100マイルレースのトップを走り、日本では新しい大会や専門メディアが生まれる。
SINANOはそのすぐそばで、「山を走るためのポールとは、どんなものなのか」という問いに向き合い始めていた。

2010

「走るためのポール」の答えを探す。

もっと軽くできないか。もっと山岳レースに適したポールにできないか。
その期待に、SINANOは翌年、性格の異なる3つのモデルを市場へ送り出した。

2010年 トレランポール11
2010年 トレランポール11

一つは、とにかく軽さを追求したモデル。細い11mm径のシャフトを採用し、115cmで120g。強度とのトレードオフを承知で軽量化へ振った。
道具としての強度や安全性を重視してきたSINANOにとって、あえて強度を落としてまで軽さを優先する設計は、それまでとは大きく異なる判断でもあった。
軽量化を進めるほど、必要な強度とのバランスはよりシビアになる。開発では、その境界を慎重に見極めながら仕様を詰めていった。

2010年 トレランポール12
2010年 トレランポール12

ブラックのポールは、それよりも汎用性を意識したモデル。直径12mm、110cmで180g。アンダーグリップ付きにしたことでさらに重量は増えるものの、安心感や使い勝手の良さを重視する方向だった。

2010年 トレランポール13.6
2010年 トレランポール13.6

そしてもう一つが、軽さと山岳レースで使い続けられる強度、その両立を狙ったモデルだった。直径は13.6mm、115cmで134g。
いずれにおいてもそれまでの110cm・185gというポールから、大幅な軽量化だった。

一つの製品を完璧に完成させるのではなく、「走るためのポールとは、何を優先すべきなのか」を探ろうとしていた。
開発担当者は、「まずはとにかく商品を出してみることから始まった。」と振り返る。
まず作る。市場へ出す。使ってもらう。次の答えを探す。黎明期だったからこその、スピード感のある製品開発だった。

同年夏にはグリップの仕様を早くも改良

グリップのヘッド部分に開閉式のパーツが付き、 走るとブラブラして邪魔になってしまう長い紐先のパーツを 収納できるようにした。

2010年に改良されたグリップ仕様

2010年に改良されたグリップ仕様
2010年 改良後のトレランポール

発売したら完成ではない。使う人の反応を見て、すぐに変える。SINANOのトレランポール開発も走りながら形を変え始めていた。

2014

SINANOのトレランポールを象徴する姿へ。

2014年、SINANOのトレランポールは、見た目にも印象的な姿へと変わった。ピンクにも程近い、目を引く赤い色と鮮やかなグリーン。

2014年 トレランポール13.6 レッド×グリーン
2014年 トレランポール

現在でも旧モデルのユーザーから「あの配色は良かった」と言われることがある、SINANOのトレランポールを象徴するカラーだ。

社内では「黒やグレーではなく、この配色でいいのか」という声もあったという。それでも、数あるギアの中で製品の存在がひと目で伝わるよう、あえて印象的な補色の組み合わせを採用した。
結果として、それはSINANO製トレランポールを一目で認識できるアイコニックなカラーになった。

そしてこの年、実際に使う人から届いていた「ポールを使わないときのストラップが邪魔になる」という声も、具体的な仕様へ反映された。

固定可能なストラップに改良

ストラップの仕様を見直し、使わないときにはベルクロでポール本体に固定できるように改善。走行中のわずらわしさを解消した。さらに、ストラップをシンプルなループ形状にすることで、6gの軽量化も実現した。

改良されたストラップ

スリップストッパーで滑りにくく

さらに、シャフト中央より少し上には、グリーンのスリップストッパーを配置。ポール本体を持って走る際、汗や雨で手が濡れていても滑りにくくするためのものだ。寒い時期には、アルミシャフトの冷たさが手へ直接伝わりにくくする役割も持っていた。

滑りにくいスリップストッパー搭載

見た目の変化と、実際のフィールドから返ってきた声を形にした機能。
製品はより明確に「トレイルランニングのためのポール」へと姿を変えていく。

2018

3gの軽量化と新たな課題。

軽さは、トレランポールにとって変わらず重要な要素だった。
2018年には、さらなる軽量化を目指し、ストラップに軽量なメッシュ素材を採用した。

2018年 メッシュストラップ仕様
2018年 メッシュストラップ仕様

これによって、従来仕様から3gの軽量化を実現。見た目にも軽やかな仕様となった。

しかし、実際にトレイルランニングで使われる中で、別の課題も見えてきた。メッシュ素材は軽い一方、長時間、繰り返し使用される環境では耐久性が十分ではなく、破れやすいという声が届くようになった。

軽さを追い続けるほど、強さとのバランスが難しくなっていく。

軽くすることには成功した。しかし、レースの最後まで安心して使えるものでなければ意味がない。 ストラップという小さな部品でも、軽さと耐久性のバランスを改めて考える必要があった。



なぜ、トレランポールにアルミを使うのか。

軽さを求めるだけなら、素材にもさまざまな選択肢がある。 それでもSINANOがトレランポールのシャフトにアルミ合金を使い続けてきたのには、理由がある。

長距離のトレイルレースでは、転倒や岩への接触など、ポールに想定以上の力がかかることがある。素材によって、そのときの壊れ方にも違いがある。


ゴールまで耐えるアルミ製ポール
ゴールまで耐えるアルミ製ポール

カーボンは高い軽量性と剛性を持つ一方、強い衝撃や傷などをきっかけに破断することがある。対してアルミは、過度な力が加わったときに曲がることで変形し、状況によってはその後も支えとして使い続けられる可能性がある。

軽いことだけでなく、長いレースの途中でトラブルが起きたときにも、最後まで使える可能性を残すこと。
それが、SINANOがトレイルランニング専用ポールでアルミ合金を選び続けてきた理由の一つだ。

2020

使いやすさを、さらに細部まで。

2018年にアップデートしたメッシュストラップで見えてきた課題を受け、2020年にはストラップの仕様を改めて見直した。

改良版で採用したのが、スキンストラップだ。

2020年 スキンストラップ仕様
2020年 スキンストラップ仕様

メッシュタイプよりも耐久性を確保しながら、肌当たりも改善。長時間装着したときのストレスを軽減する方向へ改良した。 ただし、耐久性を高めたストラップへ変更すれば、その分重量は増える。

新設計グリップでさらに軽量化

製品の使用上削っても問題ない無駄な部分がないかを探し、グリップそのものも作りが見直された。パーツの不要な部分をくり抜くことで軽量化を図った。

2020年 新設計グリップ

グリップトップ
グリップトップ

長時間のレースでは、疲労によって手元を確認せずポールを握り直す場面もある。従来のグリップはトップの傾斜が大きく、形状から受ける方向感によって、反対側から握ってしまうケースがあった。そこでグリップトップの角度を見直し、上面をよりフラットな形状へ変更。
瞬間的に握り直す場面でも、握る方向を誤認しにくいプロダクトデザインへ改良した。

2022

次世代モデルへの再設計。

常に改良を重ねてきたSINANOのトレランポール。

次のモデルでは、これまで培ってきた軽さと強度のバランスや使用感を受け継ぎながら、ポールの構造そのものを改めて見直すことになった。
材料を選び、シャフトをつくり、ジョイントを設計する。それぞれの部品を安定した精度で組み合わせるため、金型、素材、熱処理、切削条件、公差設定まで、一つずつ検討し直していった。

これまでの製品をそのまま踏襲するのではなく、その良さを受け継ぎながら、次の新モデルとして改めて設計する。

目指したのは、旧モデルとの互換性やメンテナンス性を考慮した設計だった。


±0.02mm。シャフトとジョイントの再設計。

設計でもっとも開発担当者を苦しめたのがシャフトとジョイントだった。

折りたたみポールは、複数のシャフトをジョイントで接続する。そこで必要なのは、「きちんと入る。でも、ガタつかない。」という状態だ。非常に狭い条件を満たす必要がある。
シャフトの内径とジョイントの外径は、ほんのわずかな寸法差で、入らなくなったり、逆にガタついたりする。工業製品である以上、同じ図面から作っても、すべての部品を完全に同じ寸法に仕上げることは難しい。

シャフト側の公差(製造時に許容される寸法のばらつき)は±0.02mm程度までに抑え、ジョイント側は、さらに細かな精度まで詰めていった。

シャフトとジョイントの再設計
±0.02mm。シャフトとジョイントの再設計。

シャフトを作っては確認し、ジョイントを削っては組み合わせる。合わなければ寸法を見直し、また作る。特にジョイントは何度も試作を重ねながら、量産してもきちんと入り、ガタつかない範囲を探っていった。

素材にも工夫が必要だった。

軽さを維持しながら強度を出すため、ジョイントにも7000系アルミを使用する。通常より強い材料にすることで、肉厚を薄くし、わずか1gでも軽くする。材料調達や自社工場内でのシャフトの焼き入れなどの工程を一つずつクリアしていく、地道な再設計が続いた。

2024

トレランポール13.6NEO、誕生。

約2年の開発を経て完成したのが、「トレランポール13.6NEO」だ。

2024年 13.6NEO レッド2024年 13.6NEO ブルー
2024年 トレランポール13.6NEO レッド / ブルー

NEOでは、中紐やジョイントなど、消耗や破損が起こりやすい細かな部品まで個別に交換できる構造を採用した。ポール全体を買い替えるのではなく、必要な部分だけを交換しながら使い続けられるため、メンテナンス性も大きく向上。長くフィールドで使い続けることを前提に、修理や部品交換のしやすさまで含めて設計を見直している。


発売してからも、改良は続く。

しかし、ほどなくして先端部に新たな課題が見つかった。

今回の再設計では、先ゴムが簡単に外れないよう、ジョイントとのはまり具合をきつくしていた。ところが、きつくしすぎることで別の問題が起きた。
先ゴムが、内部から押し戻されることで外れやすくなる可能性に気が付いたのだ。

改良前と改良後の先ゴム
改良前と改良後の先ゴムのジョイント

原因を探っていくと、内部に閉じ込められた空気が逃げられず、その圧力が先ゴムを押し戻していることが分かった。そこで再び金型を修正。空気を逃がすための、小さな溝をジョイント側に設けた。

ほんのわずかな形状変更。完成したポールを外から見ても、おそらく気づく人はいない。けれど、実際のフィールドで起きた問題を一つずつ拾い、必要ならすぐに設計を見直す。それもまた、長く続いてきたSINANOの開発のあり方だった。


“専用設計”だから使いやすい

軽さ、強度、収納性、操作性、メンテナンス性。
一つひとつの改良を積み重ねながら、トレイルラン特有の動きや使用環境に合わせた専用設計へと磨かれてきたことが、多くのランナーに選ばれる理由の一つになっている。

2026

軽さの先へ。

初期のトレランポール開発で、大きなテーマの一つだったのが軽さだ。しかし現在、トップランナーから返ってくる要求は当時とは少し異なるという。

もっと推進力を効率よく伝えたい。ストラップをもっと手にフィットさせたい。展開と収納をもっと速くしたい。

近年ではストラップの調整範囲も見直し、手へのフィット感を高める改良を行った。
今では、「どうすれば身体の力を、より効率よく前へ進む力に変えられるか」という領域に課題がある。

完走を目指す。
長い山を一日かけて走る。
100マイルを走る。
世界で順位を競う。

競技が進化すれば、道具に求められるものも変わる。


開発担当者はトレランポール13.6NEOについて、「これで完成形という訳ではない。」と話す。

現在もなお、サポート選手の声を聴きながら開発は進んでいるのだ。



山を走る人たちが新しい走り方や課題を見つける限り、SINANOのトレランポールの物語はこれからもユーザーと共に、トレイル上で続いていく。




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